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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成11年(ワ)32号 判決

原告 破産者a建設株式会社破産管財人弁護士 X

被告 豊田信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 樋口明

被告 東日本建設業保証株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 樋口俊二

同 五百田俊治

主文

一  原告の被告らに対する本件請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告豊田信用金庫は、原告に対し、金五六二万〇三二九円及びこれに対する平成一〇年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東日本建設業保証株式会社は、原告に対し、豊田信用金庫稲武支店におけるa建設株式会社名義の普通預金口座(口座番号〈省略〉)の預金について、原告が債権者であること及び被告東日本建設業保証株式会社の質権その他の担保権が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  当事者等

(一) 原告は、平成一〇年八月七日午前一〇時、名古屋地方裁判所豊橋支部において、破産宣告を受けた訴外a建設株式会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である(同庁平成一〇年(フ)第一六〇号事件)。

(二) 被告豊田信用金庫(以下「被告金庫」という。)は、愛知県豊田市を中心に預金の受入れ、資金の貸付等を行う信用金庫であり、被告東日本建設業保証株式会社(以下「被告会社」という。)は、公共工事に関する前払金の保証事業等を営む株式会社である。

2  破産会社は、被告金庫(取扱店・稲武支店)との間で、普通預金口座(口座番号〈省略〉、以下「本件預金口座」という。)を開設していた。

3  本件預金の払戻及び確認請求

(一) 破産会社は、現在、本件預金口座に金五六二万〇三二九円の普通預金を有している。

(二) 破産会社は、平成一〇年三月二七日、訴外愛知県設楽事務所(以下「訴外愛知県」という。)との間で公共工事の請負契約を締結した(以下「本件公共工事」あるいは「本件請負契約」という。)。その際、破産会社は、訴外愛知県より、平成一〇年四月二〇日に、本件預金口座に金一六九六万八〇〇〇円の振り込みを受けた。右金五六二万〇三二九円の普通預金は、その残金である(以下「本件預金」という。)。

(三) 原告は、平成一〇年一一月二日付け(同月四日到達)の内容証明郵便において、被告金庫に対して、右金五六二万〇三二九円の本件預金の払戻を請求した。

(四) しかし、被告金庫は、これに応じなかった。

その理由は、被告金庫は、被告会社との間で業務委託契約を締結しており、本件預金口座に関しては、被告会社の承諾がなければ払戻ができないという点にある。

(五) ところで、被告会社は、以下の経緯から、本件預金について、取戻権ないしは別除権を主張して、原告への払戻に異議を唱えている。

すなわち、

(1) 前記の本件公共工事に関し、被告会社は、訴外愛知県に対し、破産会社の前払金返還債務を保証していた。

(2) 破産会社の営業停止により、本件公共工事の続行が不能になったため、平成一〇年六月二九日、訴外愛知県は破産会社との本件請負契約を解除した。

(3) その後、訴外愛知県は、破産会社に対し、前記(二)の前払金から解除時までの工事出来高を控除した前払金残金六六九万九五二三円の返還を請求した。

(4) しかし、破産会社が、右前払残金を返還しなかったため、保証人である被告会社が、平成一〇年七月三一日、訴外愛知具に対し、右金六六九万九五二三円を支払った。

(5) その結果、被告会社は、破産会社に対して、求償権を取得するに至った。

(六) しかし、以上の経緯をみる限り、被告会社の法的地位は、通常の保証人と何ら異なるところはなく、破産会社との合意によって質権その他の担保権が設定されていない以上、被告会社が別除権を有することはありえない。また、本件預金口座は、名実ともに破産会社の財産であり、取戻権を有することもありえない。

(七) 以上により、本件預金に関し、被告会社は何ら権利を有せず、被告金庫の払戻拒否は違法である。

なお、被告金庫と被告会社との業務委託契約において、本件預金口座に関し払戻制限の約定があったとしても、原告には対抗できない。

4  結論

よって、原告は、被告金庫に対して、本件預金五六二万〇三二九円及びこれに対する請求の日の翌日である平成一〇年一一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告会社に対して、本件預金について、原告が債権者であること及び被告会社の質権その他の担保権が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告金庫)

1 請求原因1及び2は、いずれも認める。

2(一) 請求原因3のうち、(一)は認める。

(二) 請求原因3の(二)のうち、本件預金口座に金一六九六万八〇〇〇円の振り込みを受けたこと及び本件預金(金五六二万〇三二九円)がその残金であることは認め、その余は知らない。

(三) 請求原因3の(三)及び(四)は、いずれも認める。

(四) 請求原因3の(五)は、知らない。

(五) 請求原因3の(六)及び(七)は、いずれも争う。

3 請求原因4は、争う。

(被告会社)

1 請求原因1及び2は、いずれも認める。

2(一) 請求原因3の(一)ないし(五)は、いずれも認める。

(二) 請求原因3の(六)及び(七)は、いずれも争う。

3 請求原因4は、争う。

三  被告会社の反論

1  被告会社は、平成一〇年四月二日、本件公共工事が解除された場合の請負者である破産会社の発注者に対する前払金返還債務を保証し、平成一〇年七月三一日、前払金一六九六万八〇〇〇円から工事出来高金一〇二六万八四七七円を控除した金六六九万九五二三円を発注者である訴外愛知県に保証弁済し、破産会社に対する同額の求償権及び発注者の破産会社に対する権利を代位取得した。

2(一)  公共工事の前払金を管理するための別口普通預金は、当該工事の必要経費以外の目的に使用してはならないが、平成一〇年六月二九日、破産会社の責に帰すべき事由によって本件請負契約が解除された時点で、破産会社が工事を続行し、別口普通預金の払戻しを受けて工事の経費に充てる権能が消滅したが、平成一〇年八月七日の破産宣告により、このことが改めて確定した。

(二)  公共工事の工事代金の原資が国民の税金であること、したがって、その前払は法律・約款の規制のもとで特別に認められたものであり、請負者は、工事の経費以外の目的に使用することが禁止され、その実効性を確保するため別口普通預金として管理する特別法の趣旨によれば、原告が預金の払戻しを受けて、この法律とは全く無関係の破産事務処理のために使用するようなことは断じて認められない。

(三)  換言すれは、別口普通預金は、法の規制に従うことを条件として破産会社名義の預金たりえたものであるが、破産会社にはこれを自由に処分する権能は当初から存在せず、破産会社に自由財産として帰属した事実はないのである。別口普通預金に民法上の担保権が設定されていないとしても、このことは法に基づく厳然たる事実である。

(四)  したがって、本件預金は、「破産者ニ属セザル財産」(破産法八七条)に該当し、本件預金すなわち前払金の返還を請求できる発注者の権利を代位する被告会社に属するというべきである。

3(一)  本件預金の法律上形式上の契約名義人は請負者であるが、本件預金は通常の預金とは異なり、公共工事に関する特例として支出される前払金について、請負者が、これを当該工事の施工に要する諸費用の支払に充当することを条件として、はじめて預金の払出しが認められるという、使途を限定されたものとして、特殊の別口普通預金口座に入金され、しかも、保証会社またはあらかじめ保証会社から業務委託を受けた預託金融機関による使途監査がこのシステムの一環とされているものである。

請負者がその責に帰すべき事由によって公共工事の請負契約を解除された場合、請負者は工事を続行し、別口普通預金の払戻しを受けて工事の経費に充てる権能が消滅し、工事の出来高を超える前払金の残高があるときはこれを発注者に返還すべきものとされているから、当該預金契約の経済上実質上の権利は発注者に帰属したものと認められるものである。すなわち、本件預金契約は、発注者を委託者兼受益者とし、請負者を受託者とする信託契約上の信託財産たる預金とみなすべきであり、少なくとも極めて類似したものとして位置付けられるものである。

したがって、本件においては、受託者である請負人が破産したことにより、委託者兼受益者である発注者は、信託財産たる別口普通預金の取戻権を有するものである。

(二)  また、商法上の問屋や保険代理店と同様に、本件預金については、経済上実質上の権利者に取戻権が認められるべきである。

すなわち、本件預金は、① 別口預金として請負人の一般財産から区別されており、② 使途が特定の公共工事の経費に限定されており、③ また、その原資は税金であるから、問屋が委託の実行として売買をした場合の委託者、損害保険代理店が収受した保険料を、保険募集の取締に関する法律一二条に基づき専用口座に保管していた場合の、預金債権の債権者としての保険会社と同様に、発注者に取戻権が認められるべきである。

四  被告会社の反論に対する原告の認否、再反論

1  被告会社の反論1ないし3の主張は、いずれも争う。

2  原告の再反論

(一) 被告会社の主張が成立するためには、訴外愛知県と破産会社との間で信託契約が成立していること、同信託契約に基づき、本件預金が信託財産として、訴外愛知県から破産会社に対して譲渡されていることが必要であるが、本件は、そのような事実関係にないことは明らかである。

本件の訴外愛知県と破産会社とは、公共工事の発注者と請負者であり、信託契約における受託者(受任者)と委託者(委任者)の関係にたたないことはいうまでもない。

したがって、被告会社の信託法上の取戻権の主張は失当である。

(二) また、問屋契約は、物品の買入れまたは販売を目的とする委任契約であり、保険代理店契約は、保険契約の締結、媒介を目的とする委任契約であるところ、本件の訴外愛知県と破産会社とは、あくまでも公共工事の発注者と請負者であり、右のような委任関係には立っていない。破産会社は、自己の計算において公共工事を遂行し、訴外愛知県は破産会社の公共工事遂行のために前払金を本件預金口座に支払っている。

したがって、訴外愛知県は、法律上形式上はもちろん、経済上実質上も本件預金の権利者となることはありえないから、被告会社の商法上の取戻権の主張は失当である。

第三証拠

証拠関係については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いがない事実(請求原因事実)について

1  原告の請求原因の各事実のうち、

(一)  請求原因1及び2の各事実、

(二)  請求原因3の(一)の事実、

(三)  請求原因3の(二)の事実のうち、本件預金口座に金一六九六万八〇〇〇円の振り込みを受けた事実及び本件預金(金五六二万〇三二九円)がその残金である事実、

(四)  請求原因3の(三)及び(四)の各事実、

の各事実については、いずれも原告と被告金庫との間において争いがない。

2  原告の請求原因の各事実のうち、

(一)  請求原因1及び2の各事実、

(二)  請求原因3の(一)ないし(五)の各事実、

の各事実については、いずれも原告と被告会社との間において争いがない。

二  本件預金の帰属について

そこで本件預金の帰属(請求原因3の(六)及び(七)、被告会社の反論並びに原告の再反論)について検討する。

1  前記の当事者間において争いがない事実に加えて、別紙書証目録〈省略〉の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  公共工事の前払金保証事業に関する法律について

(1) 国及び地方公共団体の公金の支出については、法律・政令に定めるものを除いて、前払が認められていなかったこと、

国及び地方公共団体その他の公共団体の発注する土木建築に関する工事(以下「公共工事」という。)の請負契約についても、右の原則が適用されたが、請負者は、建設資材の調達、建設機器の手配及び下請への支払など、工事着手にあたって相応の資金を必要とするが、前払金の支払がないため、公共工事の請負契約の円滑な締結に支障を生じていたこと、

このような情況に対処するため、公共工事の前払金保証事業に関する法律(昭和二七年六月一二日法律第一八四号、以下「法」という。)が制定され、法によって設立された保証会社により前払金の保証がされた公共工事については、前払をすることかできると改められたこと、

(2) 保証事業会社は、法によって建設大臣による登録を受け(法五条)、同大臣の監督を受け(法第四章)、公共工事の請負者との間で前払金保証契約を締結しようとするときは、あらかじめ建設大臣の承認を受けた前払金保証約款に基づかなければならないとされていること(法一二条)、

また、保証会社は、保証契約の締結を条件として、発注者が請負者に前払金を支払った場合は、当該請負者が前払金を適正に当該公共工事に使用しているかどうかについて、厳正な監査を行わなければならないとされていること(法二七条)、

(3) 被告会社は、この法による前払金保証事業を営むことを主たる目的として、昭和二七年一〇月に設立され、前払金保証約款(以下「約款」という。)について建設大臣の承認を受けて建設省に登録されたうえ、保証事業を継続してきたこと、

(二)  法・約款による制度の特質について、

公共工事の請負契約による工事代金の支払原資は、国民の税金であり、その前払は、法律によって特別に認められたものであること、

したがって、請負者は、請負契約上の義務に拘束されるのはもとより、法・約款の規制に従わなければ、前払金の支払を受けること及びこれを使用することはできないこと、この点は、私的請負契約による前渡金及び債務保証とは根本的に異なること、

公共工事の前払金の枠組みと規制は以下のとおりであること、

(1) 請負者は、前払金を当該請負工事に必要な経費以外の支払に充ててはならないこと、法二七条は、このことを前提として、保証会社の請負者の前払金使途についての「厳重な監査義務」を定めているが、昭和二七年一一月一日、建設事務次官通知により、前払金の特約条項を記載した工事請負契約書には、当該工事に必要な経費を特定し、必要経費以外の支払に充てることを禁止する旨を記載しなければならないとしていること、

本件における平成一〇年三月二七日、発注者訴外愛知県、請負者破産会社間の、平成九年度国庫債務負担行為・水源森林総合整備事業第二号工事に関する請負契約書(愛知県公共工事請負契約約款)は、前払金の額を請負代金額の一〇分の四の範囲内とし(三六条)、前払金の使途については、この工事の材料費、労務費、機械器具の賃貸料、機械購入費(この工事において償却される割合に相当する額に限る。)、動力費、支払運賃、修繕費、仮設費、労働者災害補償保険料及び保証料を必要経費として具体的に特定し、これらの必要経費以外の支払に充ててはならないとされていること(三七条)、

(2) 当然のことながら、請負者の責に帰すべき事由によって請負契約が解除され(四三条一項二号)、前払金から出来高部分に相応する請負代金額を控除してなお余剰があるときは、請負者は、その余剰額を発注者に返還しなければならないこと(四六条一項ないし四項)、

(3) 請負者は、公共工事の前払金を受領したときは、約款一五条三項により、金融機関の「別口普通預金口座」に預け入れなければならないこと、

前払金が適正に当該工事の経費のみに使用されること、このための使途監査の実効性を確保すること、契約解除の場合の返還債務を担保するため、前払金は請負者の一般財産への混入を禁止して分別管理されるのであり、現に、本件においても、被告金庫の別口普通預金口座である本件預金口座に前払金の残額が現存していること、

(4) 請負者が、前払金を使用するときは、事前に保証会社またはあらかじめ保証会社が業務を委託した金融機関により、厳正な監査を受けること(法二七条、約款一五条)、

保証会社には、前払金の使途に関して、請負者に対する資料提出請求権、現場等調査権などが与えられているほか、業務委託契約により、金融機関に対しても報告または帳簿書類等の閲覧を求めることができること、

また、前払金が、適正に使用されていないと保証会社が認めるときは、金融機関に対して、別口普通預金の払出しの中止その他の処置を依頼することができること、

(三)  公共工事の前払金制度の特質について

(1) 本件預金の法律上形式上の契約名義人は請負者であるが、本件預金は前記のとおり通常の預金契約とは異なり、公共工事に関する特例として支出される前払金について、請負者が、これを当該工事の施工に要する諸費用の支払に充当することを条件として、はじめて預金の払出しが認められるという、使途を限定されたものとして、特殊の別口普通預金口座に入金され、しかも、保証会社またはあらかじめ保証会社から業務委託を受けた金融機関による使途監査がこのシステムの一環とされていること、

請負者がその責に帰すべき事由によって公共工事の請負契約を解除された場合、請負者は工事を続行し、別口普通預金の払戻しを受けて工事の経費に充てる権能が消滅し、工事の出来高を超える前払金の残高があるときはこれを発注者に返還すべきものとされているから、当該預金契約の経済上実質上の権利は発注者に帰属したものと認められること、

すなわち、本件預金契約は、発注者を委託者兼受益者とし、請負者を受託者とする信託契約上の信託財産たる預金と極めて類似したものとして位置付けられること、

(2) 保証会社の必要性については、本件前払金に関しては、請負者は前記のとおりの各義務が課せられ、また、請負者の一般債権者からの追及を排除できるものの、請負者の故意、過失により生ずる前払金自体の毀滅に対応することができない場合があることから、保証会社の保証機能の必要な場合があること、

たとえば、故意の違反行為としては、請負者が、預金の払戻しを受けるにあたり、公共工事の必要経費に使用するつもりがないにもかかわらず、金融機関に対して公共工事の必要経費に使用する旨欺罔して払戻しを受けて、公共工事の経費以外の目的に使用した場合であり、過失による違反行為としては、当該工事のため別口預金の払戻しによって支払を受けた下請業者が倒産する場合などであること、このような場合には、預金の流出があってもこれに相当する工事出来高があがらない結果となることから、保証会社は、発注者に対して保証債務を履行する義務を負うことがあること、

(3) 信託法上、信託の目的を達することができなくなったときは信託は終了し(信託法五六条)、信託終了の場合において、信託行為で信託財産の帰属者を定めていない場合は、信託財産は、委託者またはその相続人に帰属すること(同法六二条)、これを本件の関係においてみると、請負者の責に帰すべき事由によって請負契約が解除された時点で前払金制度の目的を達することができなくなり、併せて請負者の破産により前払金制度は終了し、本件預金の権利は発注者に帰属したことになること、

なお、右の本件預金の性格上、本件預金の受寄者たる金融機関は、請負人に対する債権を自働債権とし、本件預金債務を受働債権としてこれを相殺したことはないこと、そして、現に本件でも被告金庫は、これを相殺しないことを明言していること、このような取扱の慣行は、信託財産に属する債権と信託財産に属しない債務との相殺を禁止した信託法一七条の趣旨に合致していること、

(四)  公共工事の前払金への発注者の関与については、

(1) 前記の建設事務次官通知は、発注者は、支払った前払金については、その管理及び使途について前記の法第二七条及び前記の約款第一五条の規定並びに保証会社がその指定銀行との間に締結する業務委託契約に基づいて、保証事業会社またはその指定銀行をして厳重な監査を行わしめるとともに、「前払金の使途が適正でないと認めるときは、保証事業会社をして業務委託契約書第六条により、爾後の前払金の払出しを中止させることかできる」旨を定めていること、

(2) これを受けて、被告会社は、預託金融機関と業務委託契約を締結し、前払金預託取扱について前払金の払出の中止のみならず、前払金専用口座に受け入れること、払出についての必要書類、提出書類のチェック、払出方法と証明資料、預託金融機関で払出手続をする前にあらかじめ保証会社の承認を必要とする「事前承認」扱い、預託金の払出時期・金額をあらかじめ保証会社が指定する「払出時期指定」扱い等の詳細な注意事項を定めた前払金預託取扱要領を交付していること、

(五)  保証会社と請負人との保証契約手続については、

(1) 保証事業会社は、請負人と保証契約を締結するにあたって、「請負者は、前払金を保証会社が委託した金融機関の別口普通預金として預け入れなければならない」旨規定した前記の約款一五条三項及び「請負者は、預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出して、その確認を受けなければ、前項の預金の払戻しを受けることができない」旨規定した前記の約款一五条四項に基づき、請負人に対して、保証申し込みにあたっての必要書類(保証申込書、前払金使途内訳明細書、請負契約書のみならず、はじめて申し込む場合は、建設業許可申請書、直近三期分の財務諸表、事業概要等が必要であり、その後は、毎年決算期後三ヵ月を経過した時点で決算書の提出を求めていること)、前払金専用の別口普通預金口座を開設すること、前払金は請負人が指定した金融機関の別口普通預金に振り込まれること、前払金の払出にあたっての必要書類(預託金払出依頼書、当該工事の経費の支払いであることが確認できる証明資料)や注意事項を記載した「契約保証と前払金保証(手続きのご案内)」と題したパンフレットを交付していること、

(2) 被告会社は、請負人から提出された直近三期分の財務諸表及び決算書を基にして、長年の実務経験により蓄積された一定の客観的基準により、請負人を「常態」扱い・「払出時期指定」扱い・「事前承認」扱いに分類して、「払出時期指定」扱い・「事前承認」扱いについては、取扱依頼書の連絡事項欄や前払金使途内訳明細書の上部余白にその旨表示して、預託金融機関に通知していること、

(六)  発注者の取戻権については、本件においては、破産会社が破産したことにより、発注者の訴外愛知県は取戻権を有することになり、被告会社は、弁済により発注者の右取戻権を代位行使すること、

さらに、本件では、工事請負契約書四六条三項が、工事請負契約が解除された場合、請負人は受領済みの前払金額に余剰があるときは、発注者に返還しなければならない旨規定していることも、発注者の取戻権の根拠となること、

(七)  別口普通預金については、別口普通預金は、普通預金の一種ではあるが、通常の普通預金とは異なり、一定の目的にのみ使用される専用口座であること、本件預金口座以外には、実務上、破産管財人口座、弁護士費用預り金口座、損害保険代理店が収受した保険料の保管口座、マンション管理会社の修繕費等を積み立てた預金口座等があること、このうち、法ないし約款(規約)で専用口座の開設を義務付けているのは本件預金口座と損害保険代理店が収受した保険料の保管口座のみであり、払出について他者の承認が必要であったり、時期指定がなされるのは、「払出時期指定」扱い・「事前承認」扱いが前払金預託取扱要領で規定されている本件預金口座と、払出について裁判所の許可が必要な破産管財人口座のみであること、したがって、本件預金口座は、別口普通預金の中でも、極めて一般財産からの独立性の強い預金であること、

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  以上認定の前払金制度及び本件預金に関する各事実及び前掲の各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件においては、少なくとも実質的にみて信託関係と解される法的関係が認められることから、信託法一六条の趣旨を類推適用して、本件預金については、受託者に相当する破産会社の破産によって、これが破産財団に帰属することはないものと解するのが相当である(すなわち、破産宣告前に発注者である訴外愛知県に代位した被告会社には、本件預金につき実体的に信託法類似の関係に基づく取戻権があることになる。)。

そして、被告会社は、本件保証契約の履行により、被保証者である訴外愛知県の保証契約者に対して有していた権利を代位取得し、これは保証契約者に対する求償権を行使するための法定代位であるから、結局、破産管財人の原告に対しても、債権譲渡の対抗要件を具備することなく、本件預金債権について権利を主張することができると解すべきである。

したがって、本件預金は、破産財団に帰属しないことになるから、原告の請求原因3の(六)及び(七)の各事実はこれを認めることができない。

3  なお、弁論の全趣旨によれは、被告金庫は、被告会社の右主張を援用しているものと認めることができる。

4  したがって、いずれにしても、原告の本件請求原因事実は、これを認めることができず、原告の本件請求は、いずれもその理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも失当なものであって、その理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安間雅夫)

〈以下省略〉

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